京極れきし再発見 10

  出町にもあった幽霊飴伝説
  




 江戸時代のはじめ、桝形通の一体には立本寺(りゅうほんじ)という大きなお寺があり ました。お寺は北野に移転しましたが、今も立本寺前町の町名が残っています。今回 は、この立本寺がまだ出町にあったころの話しです。

 出町柳の辺りにあった飴屋に、毎晩女の人が来て飴を買ってゆきます。怪しんだ主 人が後をつけたところ、立本寺の墓地で姿が消えました。寺の者と一緒に調べると、墓 の中から泣き声が聞こえるので、掘ってみると壺の中で赤子が母の死体の横で飴をし ゃぶっていました。亡くなった妊婦から墓の中で赤子が生まれ、これを母が幽霊になっ て育てていたというのです(同じような伝説が全国にあり、京都では六原の「子育て幽 霊」が有名です)。

 この赤子は、後に日審上人(壺日審さま)という高僧になり、今も安産守護の上人様 として信仰されています。一方、飴屋は立本寺と一緒に千本中立売に移り「幽霊子育 飴」を売っていましたが、今はもうありません。しかし、立本寺に行けば、今でも「幽霊子 育飴」を買うことができます。

2004年10月


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