京極れきし再発見 21

  寺町通を流れていた「今出川(分流)」と「筋違橋」の跡
  


出雲寺の横の流路の跡



筋違橋の橋柱

 昔、寺町通に川が流れていたことは、比較的知られています。この川は、今出川通 の名前の元になった今出川(中川、京極川とも)から分かれた川でした。今出川の本流 は、小山で加茂川から取水され、御霊神社の縁を流れ、相国寺の境内を南下していま した。一方、今回取り上げる分流は、成安高校の少し北で本流から別れ、民家の間を 東に抜けて寺町通に出て、寺町通の東側に沿って南下していました。

 今でも、その跡が残っているところがあります。川が本流から分かれた直後に、相国 寺門前町から薮之下町へ抜ける流路です。薮之下町の北の端の出雲寺と南側の民家 の間にある、幅1.5メートルほどのスペースが川の跡です。以前は、川跡が路地になっ ていて、門前町へ抜けられたそうですが今はふさがれています。

 ここから今出川の分流は、今の「お食事処 一作」の敷地を通って、京都新聞販売店 の前の交差点に出ていました。その位置には、川が寺町通を西から東にくぐるために 小さな橋があって「筋違橋」(すじかいばし)と呼ばれていました。東山区(本町通)にも 同じ名前の橋がありますが、この名前は川に対して斜めに掛かる橋を意味します。こ の「筋違橋」の橋柱が、橋の際の堀さんのお庭で大切に保管されています。

2005年12月


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