京極れきし再発見 27

  荒神口 と 志賀越(山中越、今道越)
  「荒神口」は山中越の出発点だった
  

 
 大正元年の地図でみる志賀越
 志賀越から京都に入るには、荒神口へ出るルートと、出町(今出川口)へ出る
 ルートがあった。荒神口へのルートは、幕末に尾張藩邸が造られて、途切れて
 しまった(その場所が後に京都大学となる)。

 東一条交差点
に立つ道標
 
 「荒神口」は、京都から大津へ抜ける志賀越(山中越)への出入口です。荒神橋の少 し北から、東大路の「東一条」交差点に向かって、ゆるく蛇行しながら抜ける通りがあり (京大会館の前の通り)これが旧街道です。

 ただし、東一条から先は街道が途切れて、京大本部キャンパスになっています。京大 を突き抜けたところから、また街道が続きます。今出川通と斜めに交差したあと、細い 坂道が蛇行しながら山中越えに向かいます。なお、今の山中越えは今出川通より500 メートル北の御蔭通から入るのが主ルートで、北白川仕伏町で旧街道と合流します。

 東一条の京大の角に、鉄枠で修理された石の道標があり、今は途切れている志賀 越えを指し示しています(「右 さかもと からさき 白川乃道」「左 百まんべんの道」と あります)。
2006年8月


京極れきし再発見 目次へ