京極れきし再発見 29

  琵琶の「秘曲」と妙音弁財天 <出町弁財天の史話1>


出町妙音弁財天 春季大祭


弁財天画像

 
 出町妙音弁財天の本尊(弁才天画像)は、伏見宮家に伝来したものです。伏見宮家 は、琵琶の家元でしたので、弁才天(琵琶を奏でる)を守り神としていました。
宮家とは、天皇家の血統が絶えた時のための分家です。伏見宮家は、南北朝時代か ら昭和21年に民間に下るまで、500年24代にわたって続きました。伏見宮家初代の栄 仁親王は、本来は天皇になる方でしたが、種々の事件で天皇になれなかったため、そ の子孫が宮家となったものです。

 栄仁親王の父である崇光天皇は、天皇家に伝わる琵琶の技を、次の天皇(弟)に伝 えず、本流の証として、子の栄仁親王に伝えました。これと一緒に「弁才天画像」も伏 見宮家に伝えられ、屋敷内の妙音堂にまつられてきました。この妙音堂の後身が、出 町妙音弁財天です(今の位置は、江戸時代の伏見宮邸の北端に当たります)。

 昔の邦楽の家元には、限られた人々にしか伝授が許されない秘曲がありました。伏 見宮では、琵琶の秘曲を伝授する際は、この「弁才天画像」の前で行いました。明治以 降、秘曲の多くは絶えたそうですが、その守り神である「弁才天画像」のみが地域の神 様として伝えられているのです。

2006年10月


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