京極れきし再発見 64

  川の中に川を掘った、鴨川・千年の治水



明治時代の葵橋(川に土がたまって、
橋の下ギリギリまで来ています)


現在の葵橋(掘下げ工事によって、
水面が低くなっています)


 現在(2009〜2010年冬)、出町付近の鴨川では、たまった土の除去工事が、大規 模に行われています。歴史的に見ると、鴨川の治水は、この堆積する土との戦いでし た。

 かつての鴨川は、洪水をよく起こす川でした。鴨川が洪水を起こしやすいのには、い くつかの理由があります。
 その1番目は、集中豪雨があると、北山に降った雨が短時間で流れ込み、水位が一 気に数メートル上ることです。
 そして、2番目の理由は、山から出ると急になだらかな流れになるため、土が溜まり やすく、堤防の中がすぐに土で埋まってしまうことです。幕末の安政3年(1856)には、 町の人が毎日数千人出て、鴨川の土の除去(河ざらえ)を行ないました。それでも、明 治時代にはまた土が溜まり、昭和10年の大水害につながりました。

 これをきっかけに、「千年の治水」と呼ばれる、鴨川の大改造が始まりました。この計 画は、戦争のために遅れましたが、昭和22年に完成します。これによって鴨川は、18 キロに渡って河原の中央部を掘り下げて、すなわち川の中に川を掘って、水面を下げ る工事が行われました。鴨川が洪水を起こさなくなったのは、これ以降です。

2010年2月


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