京極れきし再発見 65

  近衛家と桜の御所
   近衛邸跡 と 同志社大学新町キャンパス と 本満寺 の関係



江戸時代の近衛邸跡
(京都御苑内)


戦国時代の近衛邸跡
(同志社大学 新町キャンパス)


本満寺の枝垂桜



 今出川御門(同志社前)から京都御苑に入り、すぐに右へ行くと庭園があり、たくさん の枝垂桜(しだれざくら)が植えられています。ここは、江戸時代の近衛家の邸宅跡で す。かつての近衛邸は「糸桜」と呼ばれる美しい枝垂桜があることで知られていました。

 近衛邸の糸桜が有名になったのはずいぶん古く、戦国時代の洛中洛外図屏風にも、 近衛邸と糸桜が描かれています。ただし、この時の近衛邸は今出川ではなく、新町に ありました。この屋敷は別名「桜の御所」と呼ばれていました。
 その元の近衛家があった場所に建っているのが、同志社大学の新町キャンパスで す。校舎の立替えの際には、発掘調査が行なわれ、近衛家の桜の御所の跡が発掘さ れています。

 室町時代の中ごろ、近衛道嗣の長男で出家した日秀のために、桜の御所の南側に お寺が作られました。このお寺が本満寺です。新町キャンパスの南側に、元本満寺町 の町名が残ります。新町キャンパスの発掘の際にも、その堀の一部が発掘されていま す。 本満寺は、天文法華の乱で焼き打ちにあって堺に逃れ、京都に戻った後、今の 寺町通に移ります。
 現在の本満寺にも、大きな枝垂桜があり、春にはきれいな花を咲かせます。

2010年3月


京極れきし再発見 目次へ