京極れきし再発見 72

  葵橋の最初は市電専用だった




「思い出のアルバム京都市電物語」(京都新聞社刊)より



 写真の橋は「葵橋」です。御覧のとおり、道路がなく市電だけの橋です。現在の葵橋 の最初は、このような市電専用橋だったのです。

 下鴨に道路を作って河原町通を北に延ばす計画が、大正時代からありました。戦後 の昭和20年代後半になってようやく下鴨本通が作られ、最後に葵橋を架ければ、河 原町通とつながる段階まで来ました。一方、ここが未開通のため、京都市電の河原町 線は今出川までしかなく、今出川と北大路(洛北高校前)との間が切れていました。

 ただし、道路の方は出町橋を迂回すれば行けます。そこで、道路をつなぐ前に、先に 市電だけを通すことになりました。昭和31年10月12日にこの市電橋が完成して、市 電下鴨線(河原町今出川から洛北高校前)が開通しました。

 一方、道路の工事も、まもなく始まりました。橋は両側に拡張され、昭和35年3月に は、現在の形の葵橋が完成しました。市電専用だった期間は、3年半ほどです。実際 にはすぐに拡張工事が始まりましたから、写真のような姿が見られたのは2年足らず だったと思われます。


2010年11月


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